隠れ鼻づまりとエンプティーノーズ
鼻呼吸はヨガや座禅でもその基本的動作として非常に重要視されていますが、鼻が悪くて口呼吸が習慣になっておられる方がいます。元々赤ちゃんは完全な鼻呼吸で、ミルクを飲み続けられるのはこのためです。また、殆どの動物は口呼吸はできないのです。しかし、人間は会話するという重要な機能を獲得するために、動物にはできない長時間の口呼吸を習得しました。
この口呼吸ができるようになったことで弊害も発生しました。生きている間常に使っている奥行き10cm足らずの鼻には驚くべき機能があるのです。
驚くべき鼻の機能
1)フィルター機能
鼻で濾過され肺に入り込める粒子は、ほとんど1µmメーター以下です。
ちなみに花粉(30µm)、黄砂(4µm)、PM2.5 (2.5µm以下)などはほとんど鼻で濾過されます。残念ながらウイルス(0.02〜0.3µm)は通過し、多くの人が風邪を引くのはこのためです。これらのフィルター効果は、鼻の中にラジエータの羽根のような構造をした鼻甲介という突起物あるからです。
2)加温 加湿機能
鼻から0℃の乾燥した空気を吸っても、鼻を通過中にほぼ湿度100% 温度37℃に整えて喉や肺に送ります。鼻の中にある鼻甲介の粘膜には多量の毛細血管(海綿静脈叢)が存在し、吸われた空気に水分と熱を与え、逆に肺からの呼気に対しては、その中に多量に含まれる水分と熱を鼻粘膜に補足して次の吸気の加温加湿に備えます。鼻呼吸は、体内の水分や熱の放散を抑制しノドや肺を乾燥 感染から守っています。夜間に口呼吸されている方は、朝起床時に喉がカラカラになり、習慣性に咽頭痛や扁桃炎、嗄声などを繰り返される場合があります。
この様に加温加湿は重要な鼻の機能ですが、これを簡単に評価することは容易ではありません。このため、当院では、鼻の加温加湿機能について以前から研究を行ってきました。「鼻腔の加温・加湿機能評価の試み 水分回収率という考え方:野々田岳夫 他;日本鼻科学会2012」
3)気道抵抗器としての機能
口呼吸では気道抵抗が低く、逆に肺が膨らみにくいのです。気道抵抗は鼻が最大で、吸うときに胸部の筋力を高め、吐くときには呼気圧を上げて肺胞を膨らませ(虚脱防止)、酸素の吸収を高めます。
さらに、鼻副鼻腔から産生される NO は、その血管拡張作用により肺でのガス交換効率を高めます。酸素供給を含めた呼吸効率は、口呼吸より鼻呼吸が勝るのです。
4)脳底の冷却
鼻からの吸気は、まず上方に向かい脳の底部を冷却します。
コンピュータでも、その機能を維持するために冷却は必須ですが、人間でも同じで鼻閉状態(口呼吸)では脳温度を調整できず、計算や運動能力、集中力などが低下します。鼻をつまんで口呼吸すると頭がぼーっとしてくるのは、この冷却機能を失うからです。
5)嗅覚
嗅神経細胞は鼻腔天井部に存在しています。
匂いは、味覚と密接に関係し、嗅覚障害では味覚も低下します。最近では、嗅覚が脳の記憶や感情などをつかさどる部位を直接刺激することや、認知症との関係も指摘されています。鼻呼吸には上記の重要な役目がありますが、口呼吸ではこれらが失われます。
夜間の鼻づまりと睡眠呼吸障害
動物にとって睡眠は、体をリセットし、ストレス解消の最強の武器です。しかし、夜間鼻づまりにより気道抵抗が上昇すると、呼吸筋を必要以上に使って努力しながら睡眠することになります。高度な場合には睡眠中に呼吸が停止する睡眠時無呼吸症候群となりますが、軽度のもの含めて最近では睡眠呼吸障害と呼ばれています。頭がぼーっとする、日中の眠気、イライラ、落ち着きがない、集中力や持続力がない、低音性の難聴やめまい、血圧が高い、血糖値の上昇、また成長期の子供さんでは身長や顎の骨 筋肉の発育障害、学業成績の低下など、様々な弊害が指摘されています。
ご自分では気づきにくい鼻づまり:隠れ鼻づまり
幼児期から鼻が悪く口呼吸されている方は、ご自分の鼻づまりに気づいておられない方が非常に多いです。これは視力や聴力と違い、鼻の通り具合を他人と比較する方法がないからです。また、夜間は副交感神経優位に伴い鼻粘膜は腫れて、さらに鼻腔は狭くなります。しかしながら、この場合もご本人は鼻づまりに気づかれません。このような自覚のない「隠れ鼻づまり」は、長い間放置されることが多く、治療後に始めて「鼻って、こんなに通るものですか」とおっしゃる患者様をよく経験します。ふだん鼻づまりの自覚がない方でも、いびきをかく、朝起きると喉がカラカラになっている、鼻すすりの癖がある、風邪の後に喉イタや咳が治りにくい、日中の眠気や集中力低下などの方は要注意です。
空っぽの鼻症候群(エンプティーノーズ)にご注意
鼻閉の手術は、基本的には鼻中隔のゆがみと取る、鼻甲介などを小さくするなどですが、やり過ぎると空っぽの鼻(Empty Nose) になり、上記の鼻の大切な機能を失うことで非常に辛い症状が出ることがまれにあります。欧米ではこの問題を指摘する多数の報告がありますが、不明な点も多く残っているのが現状です。一度手術で通り過ぎる鼻になり症状が出ると、これを元に戻すのは非常に困難で、この点を配慮した手術が必要と考えています。
主に手術によって起こります。鼻閉の改善目的の手術で鼻甲介が極端に小さくなることで起こります。鼻の中が空っぽになり乱流が生じ、フィルター機能、加温加湿や抵抗器としての機能がなくなり、鼻づまり感や乾燥感、さらに後鼻漏感、呼吸不能感、さらにうつ的症状も伴う場合もあります。鼻は通り過ぎるぐらいに通っているのに鼻づまり感が強いのですが、これは鼻腔の通気の知覚の低下が関係していると考えられています。鼻甲介があるべき場所に湿った綿を置くテスト(綿テスト)をすると、一時的に症状が改善されることなどで診断します。鼻が詰まって口呼吸になることも問題ですが、通り過ぎる鼻でも重要な鼻の機能が失われることがあるのです。